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兴味?関心/読书『トムと波止场の大炮』のインスパイア元? | 15.08.05 (水)

『トム?ブラウンの学校生活』は完訳があった

2013 年の年末に『トムと波止场の大炮』(原题:The Story of a Bad Boy)という児童文学の拙訳をセルフ电子出版しました。

  「不良少年モノ」の开祖『トムと波止场の大炮』 - 桝册
  http://www.masuseki.com/rnote.php?u=eshop/tom_and_guns_of_wharf.htm

その10章で、他の小説からの引用している个所があります。着者によれば、ある有名な小説で、その书名は「Tom Brown's School Days at Rugby」だと。

自分の英语能力に自信なんかないし、有名な小説なら翻訳がありそうだと考えました。邦题がわからないけれども、原题と「トム?ブラウン」「ラグビー」で検索すればヒットしそうです。

で、见つかるには见つかったんですよ。

  近代デジタルライブラリー - トムブラウンラグビー在校记
  http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/947405

ただ、Project Gutenberg を原典を见たら、この近代デジタルライブラリーにある『トムブラウンラグビー在校记』の方は Part 1 しか訳されておらず、引用个所は Part 2 からだったので、参考にはなりませんでした。

  Tom Brown's School Days by Thomas Hughes - Free Ebook
  https://www.gutenberg.org/ebooks/1480

で、そのときは他に邦訳が见つからなかったので、あきらめたのですが、いまになって邦訳を発见してしまいました。それも天下に隠れもせぬ岩波文库で。

トム?ブラウンの学校生活 (上) (岩波文库)

トム?ブラウンの学校生活 (下) (岩波文库)

検索语 "ラグビー "がよけいだったか!

Tom Brown's School Days - Wikipedia(英语) によれば、オリジナルにはタイトルに " by an Old Boy of Rugby "が付いたものの、以降の新版では削られたようです。それと、『THE STORY OF A BAD BOY』 での书名の表记が正确でなかったために、 私は検索したとき岩波訳があるという事実にたどりつけなかったのでした。

ところで、THE STORY OF A BAD BOY - Wikipedia(英语)には、この作品が 19 世纪アメリカ不良少年文学の开祖であり、この作品の影响を受けてトム?ソーヤの冒険などが生まれたとあります。『THE STORY OF A BAD BOY』の主人公がトム?ベイリーであるため、谁かの抄訳の序文には「もう一人のトム」として米国では亲しまれているとかなんとか书かれていたような。

しかし、『トム?ブラウンの学校生活』が『THE STORY OF A BAD BOYの前に存在した、トムが主人公の学校生活のベストセラーがあったのならば、影响されているのは明らか。

ただ、『トム?ブラウンの学校生活』は 12 歳から 18歳くらいまでの物语で少年とも言い难い。そのためにジャンル开祖ではないという扱いなのかと思いました。 。

『トム?ブラウンの学校生活』は米国では今までに5度も映画化?テレビ化されており、どうも「もう一人のトム」の座はブラウンの方が优势のようです。

拙訳とプロの訳をくらべてみる

话がそれました。

そんなわけで、今さら遅いんですが、せっかく邦訳、それも安心の岩波文库のがあるならば、せっかくなので比较してみたいと思います。

まず、オリジナルの原文。Tom Brown's School Days by Thomas Hughes - Free Ebook

Learn to box, then, as you learn to play cricket and football. Not one of you will be the worse, but very much the better, for learning to box well. Should you never have to use it in earnest, there's no exercise in the world so good for the temper and for the muscles of the back and legs.

As to fighting, keep out of it if you can, by all means. When the time comes, if it ever should, that you have to say "Yes" or "No" to a challenge to fight, say "No" if you can―only take care you make it clear to yourselves why you say "No." It's a proof of the highest courage, if done from true Christian motives. It's quite right and justifiable, if done from a simple aversion to physical pain and danger. But don't say "No" because you fear a licking, and say or think it's because you fear God, for that's neither Christian nor honest. And if you do fight, fight it out; and don't give in while you can stand and see.

『THE STORY OF A BAD BOY』での引用。わずかに违いがあります。伝言ゲーム的な引用ミスですかね。https://www.gutenberg.org/ebooks/1948

Learn to box, then, as you learn to play cricket and football. Not one of you will be the worse, but very much the better, for learning to box well. Should you never have to use it in earnest there's no exercise in the world so good for the temper, and for the muscles of the back and legs.

As for fighting, keep out of it, if you can, by all means. When the time comes, if ever it should, that you have to say 'Yes' or 'No' to a challenge to fight, say 'No' if you can―only take care you make it plain to yourself why you say 'No.' It's a proof of the highest courage, if done from true Christian motives. It's quite right and justifiable, if done from a simple aversion to physical pain and danger. But don't say 'No' because you fear a licking and say or think it's because you fear God, for that's neither Christian nor honest. And if you do fight, fight it out; and don't give in while you can stand and see.

さて、訳文の比较。引用元はここまで述べた通り、『トム?ブラウンの学校生活 (下)』 (岩波文库) トマス?ヒューズ作 前川俊一訳。

クリケットやフットボールを习ふと同じ様に、拳闘を习ひ给へ。拳闘がうまくやれるようになつたからといつて、韧君のうち一人だつて恶くなりはしない。いやそのため、ぐんと善くなるであらう。 よしそれを实地に用ゐる机会が一度も来なかつたとしても、性格陶治のために背中や脚の筋肉のために、これほど结构な运动は世界中にないのである。

もつとも胜负については、出来れば手段を盖して避けるに越したことはない。 しかし、万一にもだ、喧哗を卖られて「承知した、」とか「いやだ、」とか返事をせねばならないときが来たら——出来れば「いやだ、」と言い给へ——ただし、何故「いや」というふのか、自分の胸にはつきり纳得の行くようにしたまへ。 それが眞にキリスト教的な动机から发した言叶ならば、それは至高の勇气を证するものである。 もしそれが、肉体的苦痛と危险とに对する素朴な嫌恶感から发したものならば、全く正当であり、首肯しうるものである。しかし、相手にやつつけられるのを恐れて「いやだ」といつておきながら、そういつたのは自分が阳を恐れるからだなどと公言したり思つたりするのは止め给へ。それはキリスト教的でもなし、正直でもないやり方だから、そして、もし闘ふのなら、彻底的に闘ひ给へ。立つて、眼が见えてゐる间は、断じて屈服すること勿れである。

次に私の拙訳(机械翻訳使用)。

 クリケットやサッカーと同じくらい热心にボクシングを学びなさい。ボクシングを覚えて损はなにもなく、得はかなりある。覚えた技术を使わなくても、ボクシングの练习は背中や脚の筋肉の训练にとても良いものだからだ。

 たとえボクシングを学んでも、ケンカはできる限り避けたほうがいい。戦うか、戦わないか、决めねばならない时がきたときは、できるかぎり
「ノー」
と言いたまえ。クリスチャンであるがゆえに、明确な自分自身の意思で
「ノー」
と言ったのであれば、それは最高の勇気の证明になる。また、仮に戦うことを选択したとしても、じぶんへの苦痛と危険を避けるためであるならば、それは正当である。だが、败北や神罚を恐れて
「ノー」
と言ってはいけない。それはクリスチャン的でもなければ正直でもないからだ。そして、ついに戦わなければならなくなったらば、戦いぬきたまえ。立っていられるかぎり、目が见えている限り、降伏してはいけない。

结论から言えば、私の訳には少々のまちがいがあるものの、まあ、全体としてはまんざらでもなかった。

なお、前川俊一訳では「全」の字体が aj1-13890 (全) - GlyphWiki だったのですが、JIS2004 のコードもふられてないみたいので、「全」で代用しました。ご了承ください。

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