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感想文/ノンフィクションニホンウナギの未来が絶望的と言われた年の土用に开高 健を読む | 13.07.23 (火)

ニホンウナギの未来が絶望的と言われた年の土用丑の日に开高 健『フィッシュ?オン』『もっと広く(下)』を読む

今月のはじめにこのようなエントリが话题になった。

  ニホンウナギがどれぐらい终わっているのかについての図 - Muchonovski always get it wrong
http://muchonov.hatenablog.com/entry/2013/07/03/210532

これを読んだ数日後、文艺春秋WEBの次の记事にこんなブコメを书いた。

  鮨ネタがどんどん消えていく | 特集 - 文艺春秋WEB
http://gekkan.bunshun.jp/articles/-/822

   mitimasu その三十年前に开高健が「鱼がとれなくなった。こんなことは初めてだ。─と、世界中のいたるところで闻かされた」と书いてるんですけどね。

せっかくなので、今年の土用?丑の日に故?开高 健が鱼の减少について30年~40年前に语っていた部分を読み返した。マゾか自分は。

いま、手元にある开高 健の着书は5册。钓り纪行が4册、エッセイが1册だ。あんまり小説家としての开高 健のファンじゃない。小説もどれか一册は読んだはずなのだけど、感铭を受けなかったようでもはや书名も思い出せない。そんな话はどうでもいいか。

以下、『フィッシュ?オン』から。世界を回っている本なので、当时の各国の水産资源への取り组みが俯瞰でわかる。昭和 49 年(1974)発行だから、2013 年からほぼ 40 年前だ。

フィッシュ?オン (新潮文库) フィッシュ?オン (新潮文库) 开高 健
新潮社
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アラスカ

 私がサケやマスを钓ろうとして道具箱から三本鈎のついたルアーをとりだすと、彼は柔软だがきびしい口调で、
「一本鈎《シングル?フック》です」
 といい、私がそれを持ってないと知ると、自分のをとりだし、ヤスリやペンチを使って、长い时间をかけてとりかえるのだった。

 自然保护政策のことを见闻した范囲内でのみ书いておこう。これは重要なことだ。 アラスカはおそらく川と湖と海に鱼があふれかえっているくらい豊穣《ほうじょう》な土地で、 私たちが回生できる文字通りの〝最後の开拓地?であるが――そこに住む人は荒廃するかもしれないが――自然は透明な方法で厳しく管理されている。

 私が访れた地区では、たとえば、どんな鱼を钓るにも一本鈎でなければならない。 锤は针の直前、直後につけてはならない。鈎轴と鈎先は二分の一インチ以上ひらいてはならない。 生饵を使うとき、それが小鱼なら、きっと杀してから使わなければならない。 ひっかけ钓りの鈎はふところが四分の一以上ひらいてはならぬ、とされていた。 そして、バグ?リミット(一日にとってよい鱼の数)は、鱼によって异なるが、たとえばキング?サーモンについてこれを见ると、一日に六十六センチ以上のは二匹、それ以下のは十匹とされていた。

 まるで障害物竞走である。<中略>

たいていのルアーについてるのは三本鈎である。これを一本にとりかえる。三本の指がサケの口にかかるのと、たった一本がかかるのとでは、力の効果にひどい相违がでてくる。鱼の受ける伤がちがってくる。弱り方がちがってくる。しかし、同时に三本鈎なら死んでしまう鱼も一本鈎なら逃がしてやったときに生きのこれる确率は増すのである。

40 年後の日本で、自然を守るためにここまで厳しいルールを课している自治体があるのだろうか。私はもう长いこと钓りをしてないのでよく知らないけれども。

もっともアラスカだって守ってるのは自然だけじゃなくて、ガイドを始めとした钓り産业を守るためなんだろうが。それにしたって、"その川のサケがいなくなったらお终いだ"ってことは理解してやっている。 捕り尽くしたあげく、いなくなったから他所のサケを代用に……なんて考え方はしていない。

アイスランド

「サケはたくましいけどデリケートな鱼です。原因不明の病気で死ぬことがよくあるのです。 竿を消毒《ステリライズ》したからといってその病気が防げるとはわかっていませんけど、アイルランドとイングランドで钓りをした人の竿は消毒することになっているのです。ほんの五分ですむことですけどね」
「钓竿を消毒する?!」
「そうです」
「钓竿を消毒?!……」
「わが国の规则なんです。でもあなたはアラスカとスウェーデンで钓りをしたのですから、それならかまわないと、いまサケ钓り协会の人が言ってくれました。消毒の必要はありません」

ややもすれば、アングロサクソンの完全主义的な行き过ぎた例か。开高 健も自然保护の狂热にも似た情热のきびしさと评している。

……たんなる、ブリテン嫌いから生じた差别だったりして。

ギリシャ

今回の旅で私は木のない国を二つ、あらためて知らされた。アイスランドとギリシャである。 アイスランドは北极圏に近く、かつ、无数の火山弾の袭撃でツンドラの苔以外の植物が根をおろせなかったらしい兆候がいたるところに読みとれるが、 ギリシャが古代からこうだったとすると、あの大建筑、大航海、大戦争、大海戦を遂行するのに必要な木材をどこから入手したのだろうか。 もし古代は郁苍《うっそう》と巨木に蔽《おお》われていたのだとすると、全土にわたってこうも剃刀《かみそり》で剃《そ》ったようにきれいさっぱり乱伐して省みなかった事情とは何であったのだろうか。

小アジア?ギリシャ?イタリア?スペイン?イギリスと、石炭コークス発明以前に大量の鉄を必要とした国はことごとく森が消灭してますね。これらの国は気候的にも巨大な针叶树が育ちにくい国でもあるんですが。

西洋の自然保护意识が高いのも、単纯に、"まっ先に産业革命による自然破壊を経験したから"に他ならない。

それを见て、反面教师にできるか、できないかがその国民の民度ってやつじゃないかと思うのだけど。

タイ

「あなたはバカではないか」
 といった。
「どうしてです?」
「私の部下がそういうのです。あなたはバカではないかというのです。竿なんかなくても钓れるのに竿を使うし、钓った鱼を逃がしてやっている。ボートを高い金で借りながら钓った鱼を逃がしてやっている。いったい何のために鱼钓りにきたのです?」
「鱼を逃がしてやったら、ふえますよ。そうすれば渔师もよろこぶし、つぎにくる钓师もよろこぶし、私もつぎにきたとき、また钓れるじゃありませんか。それに私は游びで钓りをしているので、渔师じゃありませんよ。钓ることには梦中ですけど、杀すことには兴味がないのです」
「タイにはいっぱい鱼がおります。タイ人は河の鱼は食べるけれど、海の鱼は匂いがするといってあまり食べません。値段もぐっと安いのです。鱼を逃がしてやる必要はありません。渔师にやりなさい。よろこびますよ。どうせ彼らは鱼をとらねばならないのです」

このタイ人の感覚が、一般的な"まだ自然破壊が深刻でない国"の感覚だろう。

40 年たった今でも、ニッポンの钓り好きのオトーサンはたまに入れ食いに当たると嬉しくなっちゃってクーラーの限界まで钓っては、もちろん食べきれないので近所におすそわけする。 それが美风とされている。

日本

 イワナが条件次第ではサケのように大きくなれるというこの実例にはホッとする。 このあたりには田も山畑もないから湖には农薬が流れ込まないはずである。鱼を减らすのは钓师だけである。 钓师がめちゃをやりさえしなければ深くて広くて纯粋な水の中では自然が回転するだけである。<中略> 同じような条件にある山上湖は日本に多いので、いまからでも遅くはない、ちょっと大事にしてやればいたるところで抹消、絶灭して、もう鱼类図监にさえのらなくなっている日本産淡水鱼がよみがえってこれるはずである。

开高 健が钓师であるためか、こうした兵器好きの反戦论者みたいな矛盾をはらんだ问题提起になると、笔が钝っている…正直、平凡な意见に终始してしまっている。

 湖の游覧船に乗りにくる客や、驹ヶ岳、荒沢岳などにのぼる登山客や、キャンパーたちも来るけれど、ここでいちばん多いのは钓师である。その钓师がじつはやらずぶったくり方式で湖をからっぽにしていくのだから宿の主人としては歓迎したらいいのか拒んだらいいのかがわからない。

 佐藤进は何度となく不定愁诉した。

「お客さんがこげな小っこいのを钓ってきて鱼拓をとれの、どうしろのといいだすと、おらは痛いぜや。手足の指のどれかを切られたみたいな気持だ。太《でこ》いのを钓られてもそうだ。何年か昔にくらべると太《でこ》いのも小っこいのも钓れなくなってきたんだ。银山湖じゃねえ。贫山湖だ。からっぽの金鱼蜂ってとこだな」

さて、いまとなーんも変わらない 39 年前の日本を読んで郁になったところで、9 年後の 1983 の本を読んでみよう。

もっと広く!―南北両アメリカ大陆縦断记?南米篇 (下) (文春文库 (127‐10)) もっと広く!―南北両アメリカ大陆縦断记?南米篇 (下) (文春文库 (127‐10)) 开高 健 水村 孝
文艺春秋
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ペルー

 ここへ来た初日の朝に私は矶岩によじのぼって钓りをするうちにその长上から冲をなにげなく望见して惊愕にうたれた。その後、毎日、朝と夕方に、正确におなじ时刻にその惊愕は出现しくりかえされるのだが、私はいつも目を洗われて、恍惚となる。何千羽、何万羽、数知れぬウ(鹈)の大群が二列か三列の乱れた縦列となってゆっくり羽ばたきつつ南へおりていく光景である。 その羽ばたきぶりがゆっくりしていること、 十分、二十分、凝视していても、つぎからつぎへとめどなく平然として行列が続くこと、 この二つのために私はいつも今度こそ最後尾を见届けてやろうと、 钓り竿を岩にたてかけ、新しいタバコに火をつけて、眼をこらすのだが、 いつも根负けしてしまう。それで、ついつい钓竿に手をのばして鱼を钓りにかかるのだが、 これまた根负けして、ふと眼をあげると、冲ではまだ鹈の行列が続いているのだ<中略>

「すごい。ドン?ルーチョ。すごいよ。私はこれまでにいくらか世界のあちらこちら歩いてきましたが、 こんな鸟の大群を见るのははじめてですね。ペルーのフィッシュ?ミール(鱼粉)は世界のニワトリを养っていると、かねがね闻いていますが、これほどだとは知らなかった。すばらしい光景です。これを见れただけで満足ですよ、私は」

 テント村に戻って感动をおろおろ语ると、ドン?ルーチョは慎重に耳を倾けて闻き、闻き终わるとそのフットボールくらいもある丸い大头をもたげて、半ば夸らしげに半ばいまいましげに、冷静な口调で、二十年前、または十五年前にくらべると、このあたりの鸟だけでも目算したところ、八〇パーセント减っちゃったですと、いった。<中略>
开高さんに鹈の群れをほめて顶くのはうれしいですけど、あなた、これは昔の二〇パーセントにすぎないですよ」
「どうしてそんなに减ったの?」
「とりすぎですよ。どいつもこいつもイワシをとりはじめた。海のゴールド?ラッシュですな。人间の欲です。いつも人间です。人间ですな」
「政府はコントロールしないの?」
「政府は底のないバケツですな」

强调部は引用者(つまり私)によります。

この本が出た 1983 年を冒头に绍介したサイトで见ると、シラスウナギの渔获高がだいたい 20 年で 80% くらい减っているので、国も鱼の种类もちがうけど、全世界的に多くの鱼でソレが起きてたのではないかと思える。

ドン?ルーチョふかしこいてない。

これが、2013 年のいまから 30 年前だ。30 年でニホンウナギは絶灭ほぼ确定にまで至ったが、ペルー冲の鹈の大群は今でも存在しているのだろうか。

アルゼンチン

季节はずれでダメだ、ダメだとブエノスアイレスで闻かされたにもかかわらず、ふたたびのりだしてきたのである。

なぜダメかというと。

  1. ドラドの季节は七月、八月、九月である。今は二月である。もう半年待ちなさい。
  2. 最近はダム工事や工业开発がさかんでパラナ河もパラグァイ河も上流のジャングルが乱伐されて、ちょっと雨が降るとドロドロになる。
  3. 钓师の数がめったら増えたうえ、政府が肉より鱼を食えの宣伝をすることもあって、河の沿岸の渔师たちが産卵期も何もおかまいなしに日本制のナイロン网で乱获する。トラック一杯に山盛りの亲鱼をはこんでいる日系钓师がいる。思わず声をあげて抗议したけれど、セセラ笑われただけである。

 ①についてはどうしようもないが、②と③については耳にタコができるほど闻かされて、それが世界中のあちこちでだから、いまやピクリともしなくなった主题である。〝工业化?と〝人口爆発?である。 鱼が住みにくいところはまわりまわって结局のところ人间にも住みにくいところなのであるという原理は、 考えられ、説かれ、书かれつくしているけれど、现実においてはバラのトゲに刺されたほどにも感じられていないのである。先进国が自然をめちゃくちゃにして、そのあげく、その结果として、电化生活や、洗剤や、何や、かやを入手したのに、开発途上国がおなじ物をおなじ手段で入手しようとしたらにわかに反対しだすとは何事だと、途上国の指导者たちは叫ぶのである。その主张はまことに理の当然であるから、 谁もがモグモグとだまってしまうよりほかない。だからこそオレたちの真似をしちゃいけないんだと、エアコンのきいた部屋でコカコーラをうんざりした手つきでつまんで谁かが叫んでも、 途上国の留学生や指导者たちはいよいよ反感を燃やして激昂するだけのことであろう<中略>

 つまり、これを要するに、地球は北半球も南半球もおかまいなしに、よってたかって穴ボコ、剥げちょろけ、枯渇、洪水、日照りという具合なのであって、そんなことはとっくに五十年も百年も前に书かれつくしてしまったことである。われらは既知の道をたどって未知の国に向かいつつあるの一言あるのみ。 私个人についてこれを见ると、八ヵ月かかってアラスカから南下してきて、大汗かいて、ダニやブヨでぶくぶくになって地球の里侧までやってきて、とっくに湘南海岸の书斎でおそらくはこうであるだろうと予测をたてた、まさにその通りの声を闻かされるだけの、巡礼であった。

强调部は原着では傍点。

十年前には、まだなんとかしたいという気持ちが见られたが、このころにはもうすっかりあきらめの境地にいたっている。

そして、7年後の『オーパ、オーパ!!』になると、もはやこの问题にはほとんど触れなくなってしまっている。

以上の文章を読んでわかることは、シラスウナギの件も、30 年前にそうなることがわかっていて、でも止められず、なるべくしてそうなったということだ。

われらは既知の道をたどって未知の国に向かいつつあるの一言あるのみ

さらに 20 年後か 30 年後、サンマが食卓から消えたとき、私はまたこの本を引用するのだろうか。


コメント

1: たまひさ (2013/07/24 14:31)
自然保护の视点でゆーと、银座のすし屋は、批判する侧じゃなくて、される侧だよね。

2: 桝田道也 (2013/07/24 22:05)
太平洋やインド洋やらで根こそぎもってきたマグロを出して
マグロこそ江戸前の华でござい!て顔してるのみると
うわぁっ…てなりますね。

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